2013年1月12日

もっと台湾ーcolumn 3


『な〜るほど・ザ・台湾』(2012年12月号)
コラム【臺灣~繁体字の寶島】第3回
『台湾幸福百事』
「台湾はじめて物語」



 子供のころ『まんがはじめて物語』というテレビアニメをよく見ていた。詳しい内容はもはや覚えてないが、ピンクのもこもこした生きものがものごとの起源を詳らかにしてくれ、現在の生活と自分の生まれる前の歴史(だいたい明治だった)とのつながりを知ることになり、楽しく思ったのを覚えている。

 では台湾の「はじめて」はどうだったのか?――台湾ではじめての喫茶店はいつできたのか? はじめてクーラー(または冷蔵庫)が売られたのはいつか? バイクがはじめて走ったのはいつか? はじめての選挙(宝くじ)は?……そんな、今の台湾のくらしではあって当たり前の「はじめて」を教えてくれるのが、陳柔縉(ちんじゅうしん)著の『台灣幸福百事(台湾はじめて物語100)』(究竟出版2011年刊行)である。
喫茶店がコンビニ以上にあろうかという台湾だが、その起源を探れば1897年(明治30年)、台北城西門外に開店した「欧風コーヒー茶館 西洋軒」が現在確認できる最初の喫茶店である。当時の新聞広告によると、コーヒーだけでなくビールやワイン、食事も提供していた。

 台湾ではいまだショッピングの主役である百貨店は、1932年(昭和7年)にはじめて姿を現した。現在の台北市衡陽路と博愛路の角にそびえ立った6階建ての菊元百貨店は、当時珍しかったエレベーターで人気を集めたほか、5階にはレストランがあり、また化粧品売場ではメイクレッスンが行われていた。写真からも当時の威容がうかがえる。(ちなみに3日遅れて開店した台中・林百貨店は当時の建物が現存しており、年内に修繕を終え、公開されるという。)

 こんなふうに本書は1874年(清・同治13年)の「西洋風結婚式のはじめて」から、2007年「新幹線のはじめて」まで100の「はじめて」エピソードを、ディテールたっぷりに(写真や広告、絵葉書など当時の資料を惜しげなく使い)描いている。
1964年(民国53年)生まれの著者陳柔縉は、これらをすべて自分自身で調査、蒐集、整理し(毎日のように図書館に通い、『台湾日日新報』など当時の刊行物をしらみつぶしに見ていき)、本書以外にも『人人身上都是一個時代(誰だった自分の歴史がある)』など一連の著書で、日本統治時代の台湾を発掘し、当時の人、文化、くらしを現在の台湾人に伝えている。
台湾の「はじめて」――近代化という「幸福」の起源を詳らかにすることは実は容易なことではない。台湾の歴史を知ることは長くタブーであったし、そもそも使用言語が途中で変わり、断絶されていた。つまり彼女が日本語の新聞から見つけた「はじめて」は、現代の台湾人が「はじめて」知る“忘れられた台湾人”であったのである。


『な〜るほど・ザ・台湾』(2012年12月号)掲載


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